サステナビリティ
東京大学大学院 中須賀教授との特別対談【後編】
中須賀 真一(なかすか・しんいち)
大阪府出身。83年、東京大学工学部航空学科卒業。88年、同大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。日本アイ・ビー・エム株式会社に入社後、人工知能や自動化工場に関する研究を行う。90年、東京大学に戻り、航空学科講師、同大学先端科学技術研究センター助教授、アメリカでの客員研究員を経て、2004年、東京大学航空宇宙工学専攻教授に就任。専門分野は宇宙工学と知能工学。
浜谷 千波(はまたに・ちなみ)
千葉県出身。東京大学工学部航空学科卒業、同大学院工学系研究科航空学専攻博士課程修了(工学博士)。
日本アイ・ビー・エム株式会社で長年組込みソフトウェアを中心に研究・開発に携わり、2014年アドソル日進株式会社に入社。AI研究所部長(現職)。産学官連携の機械学習品質マネジメント検討委員。現在の研究テーマは、コーザルAIと衛星データへのAI活用。
目 次
▶ 後編のポイント
- 東京大学の新講座「実践宇宙データ活用」は、「PBL(Project Based Learning)」で学生が自ら手を動かし、AIの試作、実際の衛星データから課題設定を行うなど、実践的な内容にチャレンジ。
- アドソル日進AI研究所、ビジネスの最先端で活躍するIoT、GIS:地理情報システム等のスペシャリストが全面協力。
- 講座をパッケージ化し展開する将来構想。アドソル日進が持つ、社会課題解決の視点にも期待。
学生の「興味」に火をつけろ――
新開講「実践宇宙データ活用」が目指すゴール
――日常の中にある社会課題を見極める、宇宙・衛星の利活用という視点からITを取り入れていく、今後の宇宙人材にはこれらの要素が求められる、ということですね。この課題認識のもと、2022年10月に東京大学で新規開講した「実践宇宙データ活用」は、「PBL(Project Based Learning)」など、課題解決の考え方を学ぶ実践的な内容になっています。組立てで工夫された点を改めて教えていただけますか。
浜谷
中須賀先生がおっしゃったとおり、受け身の講義では意味がありません。そこで今年度は「モノづくり体験と検討」に軸足をおき、衛星データを利用して社会課題を解決するためのアイデア出しから、AIの試作、活用提案までをPBLで実践することにしました。まずは課題の発見から実際にモノを作るまでのステップ、仕組みを座学で知ってもらい、次にPBLを通じて実際に行動・経験してもらう、という流れをとっています。
――最初からこの講座にPBLを取り入れようという構想はあったのですか?
中須賀
実践的にしよう、という話は最初からしていましたね。日本は座学が多すぎます。米国では毎日1、2コマ、週5、6コマしか授業がありませんが、その1コマのために本を読んで自分で手を動かして課題解決をしなきゃいけない。だから力がつく。東大の教養学部は1日平均3コマ×5日間=15~16コマありますが、それだけの科目があると、一つひとつの科目に相当な労力をかけさせることが難しいのです。(自分で考えて)手を動かすことは本当に大事です。その意味で、浜谷さんとは手を動かす内容、PBLに類するものは取り入れようと話していました。東京大学でもPBLを導入している講座はないかもしれません。
浜谷
今やっと本格的にPBLフェーズに入ったところですから、受講している学生さんもこれからそのハードさがわかってくるでしょうね。
――ちょうど前半の折り返し地点(本取材は2022年12月)ですが、手ごたえはいかがですか?
中須賀
この講座では、はじめに社会問題解決を考えることの重要性、そして宇宙には課題解決につながる道がたくさんあるのだという動機づけから入りました。その後、今回使用する地球観測データが農業や災害監視に使われている事例を紹介し、課題設定のヒントを与えたのです。次に、衛星画像から何が地上で起こっているのか推測するための相関を見つけるための講義をし、膨大なデータ収集、解析にはAI・クラウドが必要だ、という認識を持った上で、アドソル日進の担当者からAI・クラウドの講義をしてもらいました。学生は強いモチベーションをもってAI・クラウドの使い方を勉強してくれていると思います。
今は、これまで学んだことをベースに「この社会問題を、何を使って解こうか」というフェーズに差し掛かろうとしているところです。
また、講義には「デザイン思考」といった要素も取り入れました。デザイン的、あるいはシステム的な思考によって問題解決への糸口を見つけるといった学びで、学生の能動的なアクションを促しています。
浜谷
デザイン思考の講義をご担当いただいた慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授をはじめ、今回この講義には第一線で活躍する、錚々たるメンバーにご協力いただいています。刺激になりますね。
中須賀
講師陣は本当にすごいですよ。この講座がパッケージ化できたら素晴らしいシラバスになると思いますね。こうした最初の流れを作ることが大事なのです。それをこの1年目でやっていきたい。
浜谷
そうですね、まずは1回やって、ここからどんどん進化させればいい。
AI研究所では若手メンバーが中心となって講義を担当。AI試作中は学生との議論も白熱した。
――当社のAI研究所としても、これまでにないチャレンジですね。
浜谷
この講座で行うPBLでは、学生さん自らが「衛星データAI」を試作し、これを使って衛星データを解析していきます。AI研究所では、衛星データの勉強から必要でした。学生さんのPBLを事前試行するための大変さ、難しさはありましたが、予想外に時間がかかったのは、2週・全4コマという限られた時間でAIを動かすために必要なクラウドの概念、クラウド基盤サービス利用方法、操作方法をどう理解してもらい、活用まで持って行くか、そのためにどう講義を組み立てるか、この議論ですね。ITは利用者にとっては単なる目的を達成するための「手段・ツール」であって、IT技術者とはスタンスが違います。AI研究所にはITそのものが好きなメンバーが多いので、つい「ITそのもの」に視点が向きがちだったのですが、私たち自身も「利用」に視点を置いて何度も議論をし、思考を組み立て直しました。
それにしても東大の学生さんは皆さん熱心で質問の数も多くて。メンバーも驚いていましたね。在学中、特に意識していませんでしたがメンバーの話を聞いて「東大工学部ってすごかったんだ」と思いました(笑)。
中須賀
工学部はレベルが高いですよ。トップクラスが来ている。
学生は興味を持ったら動きます。つまり、興味を持たせるまでが勝負。火がついたら勝手に夢中になる。衛星作りでもなんでも、火をつけるまでが我々の仕事なのです。そして時々後ろから舵取りしつつ、夢中になりすぎて寝食を忘れないように健康管理をする。
世界初の1kg衛星開発を始めた1999年頃、後に「はやぶさ2」のプロマネを担当した学生がいた当時は「中須賀研語録」なんて自虐的に作っていましたよ。たとえば「睡眠の定義:もっとも軽んじられる行為。睡眠というより倒れるに等しい。」とか(笑)。実際にそんな感じでしたけど、それでも楽しいから続けられた。
当時はわからないことがあっても自分で調べている暇がない、あるいは間に合わないので、わかる人を探し、
お金も設備もないから、試験設備がないとなれば、あるところを探した。企業やJAXAに頼んで、スーツケースに入れて持っていって試験をしてね。それで衛星ができたら今度は日本の制度上打ち上げられなくて。今度は僕の問題解決の番です。世界中のロケット会社に手紙を書きました。「私たちの手元に1kgの衛星があるのですが、資金250万円で打ち上げてくれませんか」ってね。そしたらドイツとロシアの合弁会社から返事が来た。
重さ1kgの超小型人工衛星。1辺わずか10cmしかない。
――映画の世界ですね。
中須賀
「モスクワでのロケット会議で説明してその内容が良ければ打ち上げますよ」ということだったので、徹底的に準備してモスクワに持って行きました。そこで良いプロジェクトだ、学生の教育にもなると認められて、そこから半年で打ち上げにこぎつけましたね。この問題解決です。やれることを全部やる。
浜谷
もしそういうことまで体験できれば、学生にとっても得難い経験になりますね。
中須賀
どう解くかはこの際言わない。とにかく考えられる限り解くための手を尽くす。最初の衛星作りの時に携わったメンバーは僕を含めこれを実践したわけで、その経験があるから今も頑張れているのだと思います。中須賀・船瀬研究室の船瀬先生もそうですね。皆、自前にこだわらず「どうすれば問題を解けるか」を徹底的に考えた。非常に良い問題解決プログラムだったなと思います。
浜谷
中須賀・船瀬研究室の方が皆さん優秀なのは、そういう経験を積む機会があったからなのですね。
機会が与えられてもここまではなかなか......。やはり中須賀先生の力が大きいと思います。
中須賀
今回の講義は短い期間ですが、PBLを通じてこうした経験をし、モチベーションを持って課題をどう解くか、という思考を身に着けてくれたらいいなと。もし課題解決のために誰かに話を聞きに行こうとするような学生が出てきたら面白いですね。あるいは「こういう人を紹介してください」「こんなデータはないのか」と、尋ねて来てくれるとうれしいなと。
浜谷
そうですね。誰か言ってきてくれないかな。
中須賀
少なくとも皆、熱心にやっていますよね。彼らが一生懸命やっている姿を見ていたら、それなりにこの講義にのめり込んでくれているのかなと思います。
浜谷
始まるまではクラウドの部分など、もし反応が悪かったらどうしようなどと不安に思っていましたが、皆、一生懸命触ってくれて。ああいう姿を見ていると、少なくともAI・クラウド、そしてITは、彼らの武器として使える、と思ってもらえたのではないかなと思います。研究でも使えますから。
中須賀
実際に研究で使おうと虎視眈々と狙っている学生もいますよ。僕も講義で学んだことは自分の研究にも使っていこうと言っています。だからこの先、他の分野でも好影響が出てきますよ。僕自身も今後、研究で大量のデータを使ってAIによる学習をさせたいと思っていますし。
浜谷
この講座をきっかけにどんどんクラウドを学んでもらって、ITに詳しい、ITを活用できる「宇宙屋」が増えるといいですね。
その価値、無限大――「衛星データ」×「AI」のポテンシャル
――今回の講座では衛星データの解析にAIを活用する方法などがレクチャーされているわけですが、「衛星データ」×「AI」にはこの先どのような広がりがあるのでしょうか。
浜谷
宇宙・衛星を利用する立場から見た場合、ポイントになるのは「衛星データ」です。衛星データを世の中の他のデータと組み合わせれば、その価値は無限に広がると思いませんか? 中須賀先生が例に出された林業のように、地上からの視点では拾いきれていない課題はきっとたくさんありますから、AIを活用してこうした「見えない課題」を洗い出し、解決につなげたいという思いは皆にあるはずです。そう考えれば、衛星データとAIの相性はとても良いですよ。加えて、AIはこれからどんどん楽に、簡単に作れるようになりますから、実務の現場で困っている人がAIや衛星データを使って課題解決につなげていくケースは増えていくと思います。
――AIを簡単に作れるようになるのですね。たしか今回の講座では、AIをローコードで作るという講義もあったそうですが。
浜谷
AIそのものを理解してもらうことも今回の目的のひとつだったので、学生さんには通常の構築方法とローコードによる構築方法の両方を説明しました。そのうえでこのPBLではローコードでAIを作ったほうが良いのではないか、という話はしましたが、どちらを選ぶかは学生さんにお任せしています。
この講座の頑張りどころはAIを作るところではありません。できればAIを作るところでは楽をして、課題解決を頑張ってもらいたいですから。
中須賀
そうですね。狙って課題解決をしようとして解けることって実は少ないんです。何度も試行錯誤を繰り返して、「このデータが足りない」「こういう情報が必要だ」「このデータと組み合わせないといけない」といった、実証・検討の回数を増やすことが大事なのですが、準備が大変だとそれもできません。楽するところは楽をして、試行錯誤の機会を増やし、解を見出していくというプロセスを回さないといけない。
浜谷
それ、とても大事ですよね、くるくる回す。
中須賀
そう、繰り返しの回数、イタレーション(iteration)が非常に大事です。そのプロセスも、オートAIなどがあれば楽ですから、やり方を身につけるととても強い武器になるわけです。
浜谷
学生さんにはぜひ大学にいるうちに身につけてほしいですね。
中須賀
気楽に試す。ちょっとやってみようかというアクションですね。日本人は「ちょっとやってみようか」の繰り返しを山のようにやる中で良いものを作っていけるところが長所だと思います。それがAIの世界で生きるといいですよね。
浜谷
1からAI作ると時間が足りませんから、簡単な手法を上手に使ってやってみる、そういう癖をつけることが大事だなと思います。
中須賀
たとえば「衛星画像」の解析ひとつをとっても、「この画像が地上のどんな情報を表しているか」がわかるのは、今まではその道の専門家だけでした。ところが学習をAIが担うことで、過去のデータをAIにかければ、その相関を自動的に得られるという時代になった。これはとても大きな変化です。専門家がいなくてもデータサイエンティストがいれば解析できるようになったのですから。今、ベンチャー企業が数多く生まれている大きな理由もそれです。これからこういった動きが加速していくと、衛星画像の利活用はさらに広がっていくと思いますね。利活用ができる人材も、もっと増やしたほうがいい。
浜谷
そうですね。こういう人材は必要ですから、その人材育成に役立つ教育を何とか果たしたい。
今回の講義では実際の衛星データを用いて「船舶を検出するAI」を試作。海の上の物体をAIが捉え、「船である確信度」を示す。
中須賀
逆に言えば、現時点で衛星画像データは、さほど綿密に活用されていないということでもあります。過去何年分ものデータがありますから、比較可能なデータはたくさんあります。違い、変化もすぐわかる。
浜谷
まだまだお宝の山が眠っているということかもしれませんね。無料で使えるオープンデータもいっぱいありますし、これらを使わない手はありませんね。
「IT」は社会課題解決の強力な武器――求められる「どう使うか」の視点
――今回の共同研究の「きっかけ」は宇宙人材育成への危機感であり、単にモノづくりを突き詰めるのではなく、サービスや実用を考え、課題解決にITを活用しながらモノづくりを進められる人材の育成が急務だと考えたことが講座開講にまでつながったというお話でした。
ITを活用できる宇宙人材の育成に向けた第一歩を踏み出されたわけですが、この取り組みで得た知見や学びを今後どのように発展させていかれるのか、将来の展望をお聞かせいただけますでしょうか。
中須賀
この講座で、何を教えてどういう人材に育ってもらうか、この取り組みはある意味、我々にとってのトレーニングの場でもあります。今回やってみた結果がどうだったのか、意図通りだった点/不足していた点が見えてきますから、これをフィードバックしながら講義をさらに良くしていく。この講義はそのプロセスを回す第一歩です。これで終わりでなく、繰り返しと改善のプロセスを回していきたい。将来的にはこれを発展させ、先ほども述べたとおり、東大の学内だけではなく、企業や中央省庁、地方自治体などに展開して、このプログラムから「宇宙×IT×問題解決」の人材を多数輩出できればと思っています。
浜谷
少なくとも学生に「まず知ってもらう」ことはできました。その点は成果と言えますが、初回ということもあって、改善の余地はまだまだたくさんあります。また、当社としても、社会課題の解決にあたってプロセスを実際に回す部分など、もっと研究しなければならない領域があることがわかってきました。ここは講義のバックエンドでチャレンジしていきたいですね。
――今後この共同研究、取り組みを発展させるにあたり、中須賀先生からアドソル日進に期待されることはありますか?
中須賀
今回、アドソル日進という会社がITシステムを作るだけではなく、社会問題の解決や人材育成など、広い視野を持っていることに驚きました。そのマインドをもっともっと広げてほしいなと思います。つまり、社会で何が足りないのかを見極めるとともに、ユーザーが「どう使うか」という視点で、ITという武器を利用して課題解決につながる活動をしていただきたいのです。ITは社会を変える大きな武器ですから。
アドソル日進にはそれができる人材が揃っていると思います。
浜谷
中須賀先生との対話を通じて、私自身「(利用者にとって)ITはツールに過ぎない」のだと改めて思っています。ITを使ってもらうことで社会がどう動いていくか、変わっていくか、ポイントはそこなのだと。AI研究所でも、こうした切り口からアドソル日進が社会に貢献できることは何かを考え、全力で取り組みを進めていきます。
――本日は大変貴重なお話をいただき、ありがとうございました。