「アポロ11号」です。1969年7月20日の月面着陸成功は、日本時間21日の朝5時すぎ。僕は父と一緒にテレビで見ていました。粗い映像でしたが、着陸するシーンを見て鳥肌が立ちました。
その時に父が、地球に帰還する時にも、大気に突入する角度(局所水平からの角度)が、はっきり覚えていませんが「5.7~7.2度」でなければ、抵抗が大きくなり燃え尽きてしまったり、空気に跳ね飛ばされたりするのだと教えてくれたのですね。
「わずか1.5度の幅に、38万キロ離れたところからどうやって入るというのだろう?」――この疑問が僕と「宇宙」との最初の出会いです。地球への帰還は50数時間後だったと記憶していますが、「飛ばされたらどうなってしまうのだろう」と、2日間眠れなかったですね。技術のすごさよりも宇宙は怖い世界だと思ったのです。でも「これを実現できる世界ってすごい!」と、ずっと心に残っていて、それが宇宙に関わるきっかけとなりました。
私はSFが好きでして。いろいろな小説を読んでいたのですが、とある小説の1シーンがとても印象的だったんです。そのシーンを想像するとたまらなくなって、私は「いつか行ってみたい」からはじまりました。
次は会社。浜谷さんは超有名人だったから、(卒業して)どこに行くのかなと思っていたら、僕がIBMに入社した1年後に浜谷さんも入社してきた。でも、その時も別に会ってはいないよね。
「夢」のままで終わらせない――
「宇宙利活用」時代の人材に「×IT」は必須!
――ずっと交流が続いていたわけではないのですね。では、再会の契機は......。
浜谷
(現在所属する)アドソル日進は、「社会インフラ」「先進インダストリー」という分野に対して、システム・インテグレーション・サービスやソリューションを提供するICT企業です。この中で「宇宙」「衛星データ利活用」関連のシステム開発やソリューションも提供していますが、私はかねてから、所属する「AI研究所」の研究テーマとしても「宇宙」「衛星データ」の"ど真ん中"にチャレンジしたいと考えていました。ただ、しばらく宇宙そのものからは離れていましたから、最近の状況を中須賀先生にお伺いしようと思って連絡をとったのです。
中須賀
いきなり共同研究や講座の話をしたわけではないですね。雑談的に、最近の状況やITという切り口で入っていける分野があるかどうかなどを話していました。
――そこから日本が掲げる「宇宙利用大国」をめざす上での「課題」や、それに対する「アクション」が浮かび上がってくるまでにはどういった経緯があったのでしょうか?
中須賀
まず日本の宇宙開発についてお話しします。NASDA(JAXAの前身:宇宙開発事業団)の時代から今日のJAXA(宇宙航空研究開発機構)に至るまで、日本はどちらかと言えば「工学技術を高める」ことや「衛星/ロケットを作る」ことに主眼を置いてきました。ある意味では、「工学的成果が上がること=宇宙開発の目的」のようになっていた部分があります。もちろんそれも重要ですが、本当は宇宙も「使ってなんぼ」なんです。でも、現時点では宇宙を活用し、何らかの社会問題を解決するまでには至っていません。衛星/ロケットを持っている、打ち上げに成功した、そういった宇宙開発の初期段階から、次のステップ、すなわち地球規模の課題解決やビジネスイノベーション、国際平和への貢献、そういったフェーズに日本も入らないといけない。
こうしたことは、国の宇宙政策委員会でも議論していて、ここ数回の基本計画は「利用」をしっかりやろうという方向に舵を切っています。「利用」とは、たとえば安全保障、農林水産業、防災への活用や、日本が得意とする宇宙科学探査において、どのような衛星ロケットが必要かを把握した上で開発する、ということです。ですが、僕自身は日本にはそういうことができる人材が少ないとずっと思っていました。
――えっ、少ないのですか?意外です。
中須賀
皆、ロケットや衛星を作りたい、一部を作らせてくれませんかと言ってくるけれど、「衛星画像を使ってこういうビジネスをしたいから教えてください」という企業は本当に少ない。学生も同じです。宇宙というと「衛星・ロケットを作る」分野が花形だと思われているのかもしれませんね。でも、使い道がなければ、衛星・ロケットも必要ないのです。必要であるためには、間口をもっと広げなければ。もっと宇宙・衛星を使う産業を広げていって、だから衛星がたくさんいりますよ、衛星がたくさんいるからロケットもこれだけ必要ですよ、といったように、ダウンストリーム、つまり実用・利用側から引っ張っていく流れを作らなきゃいけない。そのためには、まず「活用したい人」が増えること、それに対応できる様々な素養を持った人材を育成すること、この2つが日本では急務なのです。
浜谷
私は、しばらく宇宙関連領域からは離れていましたから、少し距離を置いて見る「宇宙」は、国と大規模な事業体――それこそロケットを上げているようなところがやっていて、あまり身近じゃなかったな、と思う部分もあります。だから、中須賀先生のお話を伺っていて、もっと幅広い分野で多面的に「宇宙」に関わるモノやデータを使いたいという人を増やすことが大事だな、と共感したのですね。
そのためには何が一番有効な手段だろう? と考えた時に、宇宙開発の将来を背負って立つであろう、東大の航空宇宙工学専攻の学生さんに、幅広い見方をする「きっかけ」を提供できるような講義をしてはどうだろうと思ったのです。それで、中須賀先生にご相談しました。
中須賀
僕は長く宇宙に携わってきましたが、理論研究やシミュレーション研究が中心でした。それが1999年頃から衛星を自分たちで作ろうという動きになって、2003年に世界で初めて1kg衛星の打ち上げに成功したのです。すると今度は、自分たちで作った衛星の「活用」に目が向いたわけですよ。シミュレーション研究で技術だけを追っていたところから、自分たちが衛星を持つようになって初めて「これをどう使うのだろうか」と考えたわけですね。そこからは、プロジェクトでユーザー側とのコラボレーションもスタートしました。ここでいう宇宙・衛星のユーザーは、たとえば地方自治体の森林管理担当者などです。実際に、自治体の担当者と一緒に森の中を歩き回りましたよ。今の林業がどういう状態かご存じですか?
――なり手がいない、人手不足というイメージがあります。
中須賀
担い手もいないのですが、それだけではない問題があります。日本では、1年で新たに育つ森林が「10」だとすると、消費している木材も「10」ではあるのですが、実はそのうち7割は外材、外国から輸入している。つまり、育った分の3割しか使えていないのです。しかもスギなどは刈り入れに必要なお金が卸売価格より高く、整備しようとすると赤字になってしまいます。だから今、森林はどんどん荒れていっている。スギは戦後の植栽から約70年、ちょうど伐採の時期ですが、したくてもできないのです。このような、世の中に知られていない実態、社会課題が自分たちで衛星を作り、活用の方法を探ることでわかってきました。
また、こうした課題を発見できる人材がもっと必要だという危機感も強くなりました。
今回、浜谷さんにお声がけいただいて、まずは講義を東京大学でやってみて、最終的にはここでやったプログラムを官公庁・企業に広げていけないかと考えました。きっと衛星の利活用方法についての新たな気づきになるはずですから。
たとえば自治体は、人手をかけて農林水産業の管理をしていますが、衛星を利活用すればもっと効率的になるはずです。今後も日本は労働力人口が確実に減っていくのですから、効率化は必須です。省庁や自治体に働きかけて講義をし、利活用につなげてもらう。そういうシステムになっていけばいいなと、ある意味遠大な構想を二人で妄想したわけです。
浜谷
プランを具体化していくと、宇宙を妄想する個人としてではなく、アドソル日進という企業として、私たちはこの課題解決に貢献できるのではないか、と思い至りました。なぜなら衛星の利活用、人手不足を補うための効率化、これらの視点において、ITは不可欠な存在だからです。私が所属する「AI研究所」なら、データ解析に必要なクラウドやAI関連を網羅できますし、事業部には衛星データと切っても切れないGIS:地理情報システムやIoTの専門家がいる。当社のメンバーなら「宇宙IT人材の育成」に向けた本格的な講義ができそうだと考えました。
私自身、ドクター時代は「エンジンの効率を良くするためには」という研究だけをやっていて、完全に「作る側」の思考だったんですよ。だから、学生時代に「使う側」の立場でITに接すると、間違いなく見え方が変わるという確信があります。ビジネスを通じてお客様と接し「使う側」の考え方を理解しているという意味でも、アドソル日進は、この課題解決のお手伝いができると思いました。
――日本の産業も「作る」から「使う」にシフトしていますが、今のお話を伺っていると、「宇宙」もそれに近いのかなと。宇宙・衛星データを利用する時にはITの力が必ず必要になりますから、ロケットや衛星を「作る側」でもその発想を持っていれば、よりよいプロダクトができる、ということですよね。
中須賀
絶対そうだと思いますね。本来、衛星のスペック、仕様を考える時には「使う側」の情報が必要です。でも日本では「こうやりたいからこのスペックだ」という考えに陥りがちなのです。「使う側」の情報を得た上でスペックを決める、この流れを作る。どういった社会課題の解決のためにこの衛星開発をやっているのか、課題解決にどのような衛星を作るべきか、こういった発想で作るための、その考え方を教えたい。
宇宙・衛星は使うもの。夢ではありません。「夢」と言ってしまうと「大きな衛星やロケットがよい」「遠くまで行けばいい」という話で終わってしまいます。本来、宇宙科学の世界では「この情報が取りたい/データが欲しいから宇宙に行く」といった目的があるはずです。ただ遠くへ行きたい、ただ大きい衛星を上げたい、それだけではだめなんです。もう50年も経ったのですから、「夢」から「実用」のフェーズに日本は成長しないといけません。僕はこの思いを強く持っています。
――ちなみに「実用」という面で、米国や欧州は進んでいるのですか?
中須賀
米国・欧州は最初から目的・定義がはっきりしています。米国は主としてDOD(Department of Defense:国防総省)を中心とした「安全保障」が大きな柱であり、そこから派生した技術が民間に転用されています。安全保障が宇宙技術を伸ばすドライバーになっているのです。これは今のアメリカの戦術が、衛星や宇宙をベースにしているからですね。一方、欧州は通信・放送がキーです。欧州では、通信・放送が非常に大きなビジネスであり、産業と公共インフラのベースですから、EU内の通信インフラを統一するために衛星を使ったのです。そしてそこから派生した技術を他の産業に転用している。「利用」の中心となる「核」があって、それに国が投資をし、育った技術を他に転用していく形が確立されているのです。翻って日本にはその「核」がない。僕自身は、この「核」は海外展開しかないと思っています。日本が宇宙・衛星を使って、いろんな国の公共インフラをサポートする。そこで産業が起こり、技術を転用する。この流れです。
浜谷
そのとおりだと思うのですが、それしかない、というのも悲しいですよね。でも日本のインフラはすでに整いすぎていて、良くするであったり、社会課題を解決したりするという観点で、衛星の活用余地はあまり残っていない......。
中須賀
まさにそれが次の課題、論点です。たとえば防災・減災の観点などからすれば、日本国内でも貢献できる点はまだあるはずですが、それを見つけきれていません。海外に打って出るだけじゃなく、やはり日本の生活を良くする、それをうまく回してビジネスにする。それを合わせて模索する必要があります。
浜谷
日本国内での活用方法を模索する際にも、すでにインフラが整備された日本で検討するより、地上のインフラが未整備の海外でやってみたほうが宇宙・衛星データの用途は見つけやすそうですね。
中須賀
僕はそう思っています。日本で実証して海外に輸出するのではなく、海外で実証して、マネタイズできたものを高度化して日本に適応するほうが良いでしょうね。
――この流れで、国からの投資も得られますか?
中須賀
いいえ、日本政府の予算は、あくまでも国内の防災・減災など、国民の安全・安心につながるところにつきます。ならば国内でしっかり実績を積んでから海外に行くのが一番素直なやり方ですが、僕は今話したとおり、海外から日本に逆輸入する流れだと思っていますから。少し難しいパズルを解かないといけませんが、やらないと。
浜谷
海外で実証して、具体化したものを逆輸入すれば、そこに国の予算がつきそうですね。
中須賀
そう、国にユーザー、顧客になってもらう。特に地球観測については、海外で得た技術を各省庁に持って行き、省庁が買ってくれるという流れが一番良いと思っています。
――では、宇宙の「利活用」、その鍵は「民間企業が握っている」ということになるのでしょうか。
中須賀
「民」の力というより「人」ですね。地域の社会問題を見極め、宇宙を使えばその問題が解けるということに気づいて、その課題解決をインプリメンテーション、実行できる人です。「実行」には問題の定義、解決までの道筋のプランニング、IT、他分野とのアライアンス、そしてビジネスを起こして回す、そこまでを含みます。つまりビジネス的な視点がないとだめなのです。こと「宇宙」に関して言えば、日本人は「ビジネスを回す」という発想がなく、一発で終わってしまいがちです。必要な資金額の算定、その捻出方法を具体的に考えて、サステナブルにビジネスを継続できる人材が少ない。
実は海外だとこういう人材は意外といます。しかも、その中心は「技術を持っていない人」。技術を持っているメンバーを集めて、自分で音頭を取って、一番美味しいところを持って行く。「人のふんどしで相撲を取って勝つ」人がたくさんいるのです。日本ではそれを恥だと考えて、問題解決は全部自分でやらなければならないと思いこんでいる人が多いのですが、そうではないんですよ。誰かの力を使えばいいわけです。
――確かにそのほうがレバレッジも効きますね。
中須賀
まさに!海外ではそう考える人が多い。実際に米国の大学では学生が集まると「こういうビジネスを起こしたらどうなるだろう」なんて話をずっとしているそうですよ。ITの知識が必要だとなれば、ITに詳しい友達を連れてきて、一緒になって議論する。こんなことが日常だと。
浜谷
それは敵いませんね。
中須賀
彼らにとっては、問題解決のためにどういったスペックを持った人をどのように集めるか、それが一番大事なことなのですね。
浜谷
確かにDXでも技術者ではなくて、「プロデューサー」が必要だとよく言われます。
中須賀
「旗振り役」が日本には本当に少ない。旗振りをすると「偉そうにしている」と言われたり、失敗すれば批判されたりしがちですからね。「日本は失敗したら批判される、アメリカはやれるのにやらなかった人が批判される」という言葉も、それを端的に示しています。これでは学生時代から日夜考え行動している米国と差がついて当たり前です。
浜谷
少しでもその差を埋めるための取り組みをしなければいけませんね。
中須賀
社会問題のありかを見極め、この問題を解決したらどれほどのビジネスになるのか、というマインドを常に持つことが大事です。そうすると、社会の情報、ニュースに接する時の感じ方も変わるはずなのです。ですから、この講座を通じて、日常的に考えたり、議論したりする癖をつけたいと思っています。