2022年4月、東京ガス株式会社(以下、東京ガス)から導管事業を承継し、新たな一歩を踏み出した東京ガスネットワーク株式会社(以下、東京ガスネットワーク)。都市ガスの保安・安定供給の確保という大きな使命を担う一方、新たな収益の柱となる独自サービスとして、スマートメーター基盤を活用した「API(※1)」の構築を決定。将来のデータ利活用に向けて、大きな期待が寄せられるこのAPI開発には、アジャイル型開発の長所を活かしたアプローチを取り入れられました。
「何もかもがはじめて」という状況から、いかにして課題を乗り越え、2024年5月のサービス稼働を迎えたのでしょうか。
「アジャイル型開発+ベトナムオフショア活用」という従来にはない提案でその奮闘を支えたアドソル日進と、混成スクラムチームでアジャイル型開発に挑んだ日々を明かしていただきました。
「決められた道」がない新サービスだからこその選択。
作りこみすぎず、素早く価値提供することを目指し、アジャイル型開発に挑戦。
- 新しいサービスの共創にむけて。混成スクラムチームの熱闘
―― 「スマートメーターAPI(以下、SMAPI)」は、スマートメーターから得られる各種データを提供する新サービスであり、今後、これらデータを利活用した様々な展開が期待されています。新サービス創出にあたっては、悩み、苦労されたことも多かったのではないでしょうか。
坂中 SMAPIは、ガス事業法や約款で定められている託送事業(導管を通じてガスを供給するサービス)ではありません。託送のルールの「外」にあり、今までやったことがない事業ですから自由に作れるわけですが、この「自由に作る」ことが逆に難しかった。
なぜなら私たちは、これまで託送の業務システム開発などを通じて、法律、約款、内規などで決められたことを全うでき、経済合理性など評価軸も定まっている、いわば「正解がわかっている、たったひとつの道」をずっと歩いてきたのです。
しかしSMAPIは、ゼロからの新サービスです。サービスの方向性がはっきりと定まらない中、ゴールに至るであろう道を一つ選んで歩きはじめなければならない。決まったゴールに向けて全部読み切るこれまでのやり方とは違う不安があり、一歩目を踏み出す勇気が必要でした。
―― 道なき道を進む難しさですね。開発にあたっては、王道ともいうべきウォーターフォール型開発ではなく、アジャイル型のアプローチを取り入れられました。理由をお聞かせいただけますか?
坂中 2022年7月から基本構想の検討を進めてきましたが、先ほど言ったとおりSMAPIは新サービスであり、走りながら決めていかなければいけない部分が多くありました。秋には、これまでのやり方では難しいかもしれないという話が出てきていましたね。SMAPIの提供開始はスマートメーターの導入展開スケジュールなどから2024年5月と決まっていたので、アジャイルでできれば、とその頃から思っていました。
―― ウォーターフォール型開発では、今回のようにスコープが定まっていない状況で見積もる難しさがあったと思います。そのような中、アドソル日進にお声がけくださった経緯を教えていただけますか?託送領域でのAPI開発などを評価いただいたのでしょうか。
坂中 2022年暮れに「アドソル日進が対応できるのでは」という話が耳に入ってきました。アドソル日進の仕事ぶりはTAXIS(タクシス:東京ガスネットワーク託送システム)構築時から知っていて、非常に柔軟かつきっちり仕事をしてくれるので「これはラッキーだ」と。
木津 私もLIVALIT(ライバリット:ガスの開閉栓や機器販売・修理、設備定期保安点検などの顧客情報を一元管理する業務支援システム)のプロジェクトでご一緒したことがあり、非常に優秀だなと思っていました。
―― 2023年はじめ、アドソル日進から「アジャイルの長所を取り入れたアプローチ」「ベトナム活用」などをご提案しました。手ごたえはいかがでしたか?
坂中 私たちの望んでいることそのもの、さらには「なるほど、こうすればいいのか」という気づきがある内容でしたね。
木津 クラウドのマネージドサービスの活用も、今回目指す方向性の一つでした。その思いを汲んでいただき、一から作り込むのではなく、PoCで検証した上でサービスを使ってコストを抑える、という点もしっかり提案してもらえました。
- ポイント①チームビルディング:
受発注の関係にとらわれず、一体感が醸成された工夫
―― アジャイル型開発では受発注の関係にとらわれない一体感の醸成、柔軟なコミュニケーション、主体性を持った取組みなど「チームビルディング」が重要です。ポイントをお聞かせください。
坂中 スプリント(※2)をこなすことがマストでしたが、アドソル日進に設計してもらったとおり進めることができました。本当はプロダクトオーナーたる東京ガスネットワークがもう少し IT に踏み込めるとよかったのですが、最初のうちは難しくて。ただこれも、アドソル日進のメンバーがこれまでの開発経験を活かしながら、常にサービス提供主体である私たちの立場で考え、ニーズを汲むべく的確な質問でフォローしてくれました。また、IT技術に暗い私たちにもわかりやすい説明をしてくれ、メンバー一同理解が深まったと感じています。
―― ユーザーストーリー(※3)を作り、スプリントをレビューし、レトロスペクティブ(※4)を行う、アジャイル開発のサイクルを30回近く回しました。現在も続くこの方法はいかがでしたか?通常のウォーターフォール型開発と比較しての気づきなどがあれば教えてください。
坂中 部長の私がミーティングに出席したのは、2週間に1度、1~2時間です。たったそれだけの時間ですが、この中でこのスプリントで進めてきたこと、チームの状態や変化を聞き、次のスプリントでやることを決め、自分の目線で意見を述べます。従来のウォーターフォール型開発で行われる進捗報告会と比べると、何が行われていて何ができあがってくるのか、どこに課題があるのかなどがその場で同時並行的にわかり、非常によかったですね。また、この頻度で接していると、部長だからといって誰も構えないので、コミュニケーションが取りやすい。自分の意思を伝えやすいし、逆におかしい時はちゃんと指摘してくれる。こうしてお互いに高め合う「チーム」になっていけたのだと思います。
木津 チームビルディングの取組みで面白かったのは、毎朝デイリーミーティングの際にメンバー持ち回りで行う「小話」です。
―― メンバー同士が主体性を持ってつながり、対等な関係性を醸成するための工夫としてアドソル日進から提案したものですね。
木津 話す順番が決まっていなくて、いきなり当てられるんですよ。ベトナムからも参加しているので「ベトナムはフランス領だったのでパンが美味しい」といったベトナムネタもありました。そういう話で盛り上がりながら、打ち解けていったのかなと思います。
加藤 デイリーミーティングは基本的に全員が出席し、前日の進捗報告と、当日のタスクに関する認識合わせを行うので、お互いの認識がずれることなく進められました。
バグの発生などがあっても、リアルタイムかつ正直に生の情報が出てくるので、私たちも即座に対応できました。
木津 バーンダウンチャート(※5)もよかったですね。日次更新なので、遅れているスプリントに対する修正計画を早い段階から立てられました。レトロもKPT法(※6)で分析し、次のスプリントに活かすことができました。
―― 一体感が醸成され、サイクルが回るにつれて個人もチームも成長していく手ごたえがありました。ウォーターフォール型開発にも取り入れたいですね。
逆に難しさを感じた点はありましたか?
坂中 一つは、言葉の壁。今回オフショアでスクラムチームを組みましたが、日本語テキストのコミュニケーションにはやや課題が残りました。
もう一つは、スキルの属人化です。スクラムでは、スキルのプロファイルを分散させ、チーム力アップを目指しますが、異動などの影響で、それができなくなったところがありました。
―― ご指摘ありがとうございます。言語については、翻訳ツールの導入などで改善を試みています。
木津 サービス基盤はMicrosoft Azure上に構築しましたが、慣れるまで工数見積もりが難しく、そこで結構スプリントを使ってしまいました。優先順位を付けながら試行錯誤して解決できましたが、よく考えればこれはアジャイル型開発のなせる技でしたね。もしウォーターフォール型開発だったら都度仕様変更が発生し、思うように進められなかったかもしれません。
坂中 ウォーターフォール型開発だと、期間や作業内容が予め決まっているので、試行錯誤や新しい知見の獲得、成長に向けた選択はできなかったでしょう。この件は結果としてチームの成長につながりました。
―― アジャイルは課題や変化の取込みを好む特性がありますし、そこが狙う部分なので、うまく作用しましたね。
- ポイント②ベトナム活用:
時差、距離を超えて伝わった
ベトナムアジャイルチームの熱量
―― ベトナムから参画したメンバーの印象はいかがでしたか?
加藤 ベトナムとは時差が2時間ありますが、朝のミーティングも必ず出席してくれるなど、とても協力的でした。おかげで現場に私たちの生の声がしっかり届けられたと思います。
坂中 彼らには海外と仕事をする時にありがちなギャップがなく、日本人から見ても違和感のない振る舞いをしてくれましたね。
―― ベトナムの当社関連会社「テックゼン」は、当社OBが立ち上げた、日本企業とアジャイル開発のDNAをあわせもつ会社です。熱量が高いメンバーが揃っており、その雰囲気、文化にひかれて集まってくる者同士の相乗効果もあるのだと思います。
坂中 WEB画面のテンプレート開発では、非常に工夫されたいいものを用意してくれて驚きました。新しいことをやっていきたいという熱量を感じて「ベトナムいいな」と思いましたね。
加藤 実際に使っているユーザーからも好評です。
― テックゼンは自社業務システムを自ら構築し、スタッフ部門も巻き込んだスクラムチームでブラッシュアップしています。ですから、コンテンツ作りは上手ですし、レビューしながらブラッシュアップする手法にも慣れていますね。
ベトナム拠点は2024年6月にオフィスを拡張移転し、成長を続けています。現地のダナン大学と「 IT トレーニングセンター」を共同運営するなど、高度IT人材の育成にも積極的です。さらなる飛躍にご期待ください。
- ポイント③ブラッシュアップ:
稼働後の課題にも素早く対応。
ブラッシュアップを続けるアジャイルチーム
―― SMAPIのローンチから4か月余り(取材時点)、稼働状況はいかがでしょうか。
加藤 ローンチ直後こそ、いくつか不具合が出ましたが、現在は安定的に稼働しています。
木津 クラウドサービスの機能を使って、システム異常を検知すると夜中でも自動で電話がかかってくるようにしたので最初はそれが大変でしたね。
加藤 必要な通知の見直し、リトライの仕組みの導入に加えて、ユーザーからのご要望についても、どんどんアジャイルでご対応いただいています。
―― 運用面も含めて、アジャイルで継続的にブラッシュアップできているのは大きいですね。
- 今後の展望:
スマートメーター1,200万個から生み出されるデータ、
その利用に向けて
―― SMAPIは現在、東京ガスグループの見守りサービス「マイツーホー」(※7)で活用されていると伺っています。 このサービスで使うガス利用状況データの収集にSMAPIが動いていて、使われると課金される、というビジネスモデルですね。今後の展望をお聞かせください。
坂中 SMAPIは東京ガスグループ以外にも広くご活用いただきたいと考えています。SMAPIの根幹は、東京ガスネットワークエリア内のスマートメーターから得られるデータです。昨年度からスマートメーターの全面導入を開始、年間120万個のペースでスマートメーター化を進めており、最終的には1,200万個を超えるほぼすべてのガスメーターをスマートメーター化する予定です。このアセットを最大限に活かすためにも、API の種類をさらに増やし、①小売事業者と②需要家、それぞれのお客様に喜ばれる効果的な使い方のアイディアとセットで提供する必要があると考えています。
小売事業者には「ガス事業者だからこそわかる効果的な使い方のアイディア」を、需要家に対しては「ガス・電気など様々なエネルギーを供給する小売事業者の立場で考えた活用アイディア」を提供したいですね。また、小売事業者様からもさまざまなアイディアや要望をいただきたい。小売事業者との新しい価値の共創です。そのためにも、今回のアジャイル的な取組みの経験は非常に重要です。
―― 電力業界では、小売りだけではなく、生保や宅配と組む例も出てきているようです。
坂中 ①電力/天気/イベントなど、様々なデータとの組み合わせで生まれるビッグデータ ②モデルを作り、必要な情報をスマートメーターからピンポイントで取ってくる、まさにSMAPIのようなAPI提供、この①②がセットで必要です。②のAPI提供は現在のサービスの延長線上にある一方、①は、ガス事業法を変えるところからになるでしょう。まだ雲を掴むような話ですが、いずれはビッグデータ活用もアドソル日進と一緒にやっていければいいですね。
- アドソル日進への期待:
これからも二人三脚で、ともにチャレンジできる関係性を
―― 最後に、アドソル日進への期待をお聞かせください。
坂中 アドソル日進には非常に厚い信頼を寄せています。これまでもずっと一緒でしたが、これからもずっと、二人三脚でやっていきたいですね。
一方、SMAPIの開発手法にアジャイルを採用したこと、新しいやり方に柔軟に対応してくれて、かつ導管のことをよくわかっているアドソル日進というSIerの存在は、社内でまだあまり知られていません。アジャイル的なアプローチを取り入れたい部署にぜひ紹介していきたいと思います。
木津 今回はじめて「アジャイル型開発/準委任」といった手法をとりました。このプロジェクトを通じて「アジャイルソフトウェア開発宣言」でうたわれている「契約交渉よりも顧客との協調」をまさに実感できました。このやり方を社内でもっと広げたいですね。
アドソル日進には今回、私たち目線の提案をたくさんしていただきました。今後もユーザー目線を大切にしてください。
加藤 今後も安定的に開発できる体制構築をお願いします。メンバーの入替があっても、引き続きフラットに会話できる人間関係を構築しながら進めていきたいです。
はじめてのことばかりでしたが、アドソル日進の皆さんが親身に相談にのってくれましたし、一緒に行動してくれて、そういった姿勢に本当に助けられました。
坂中 冒頭お話ししたとおり、このプロジェクトは私たちにとって大きなチャレンジでした。改めて決断のきっかけを振り返ると、南木さんが「これは自分にとってもアドソル日進にとってもチャレンジだ」と言ってくれたことを思い出します。先ほど二人三脚と言いましたが、今後も一緒にチャレンジできる関係性を維持できればと思います。
―― 私たちも挑戦の機会をいただき、本当に感謝しています。引き続きよろしくお願いします。
なお、今回培ったスキルを活かし、PoCから開発、運用、運用後のブラッシュアップまでをシームレスに提供するサービスとして「AgileLeap(アジャイルリープ)」(※8)の提供を開始しました。今後、東京ガスグループをはじめ、幅広く訴求してまいります。
本日はありがとうございました。
(文中敬称略)
取材日:2024年9月26日
担当者のコメント
アドソル日進 エネルギー・ガスシステム事業部
ビジネス・ソリューション部
松井 美幸
本プロジェクトでは、お客様の目指す方向性の理解を深めながら、様々な案件開発に参画した経験と知見を活かし、留意すべきポイントを押さえていきました。また、ほぼ全員が別拠点からのオンライン参画でしたので、ちょっとした立話や雑談ができない部分を補いたいとの思いで、毎日の「小話」タイムを提案しましたが、コミュニケーションも円滑になり成功してよかったです。
今後もチームで維持管理や改修に取り組んでいければと考えています。アジャイル的なアプローチを使った新展開や、国内・ベトナムの言語の壁を乗り超えたチームのあり方・育成にも挑戦したいですね。
テックゼン(Techzen Co.,Ltd.)
グエン・ティ・フ
今回は環境構築を中心に担当し、新しい技術(Vue.js、Python、クラウド環境など)を学びながら、安定した運用に努めました。直近では要件定義に関するタスクにも加わっており、成長を実感しています。
デイリーミーティングでは積極的に発言、質問し、不明点を残さないようにしています。また、オンライン飲み会に参加して交流を深めるようにしていました。
今後も様々なタスクを実行できる能力を高め、多様化させながら、Agile モデルに沿った成長を目指します。
※2 スプリント:アジャイル開発におけるスクラムチームが一定量の作業を完了させるために区切られた期間、単位
※3 ユーザーストーリー:開発するプロダクトがユーザーに提供する価値を示す短い文章
※4 レトロスペクティブ:アジャイル開発におけるスプリントの振り返り
※5 バーンダウンチャート:縦軸にタスク量、横軸に時間、残りのタスク量を線グラフで表し、プロジェクトの進捗状況を可視化するグラフ
※6 KPT法:アジャイル開発において、各セクションの「keep(成果がある継続事項)」「problem(解決が必要な課題)」「try(次に実施する事項)」について全員で意見を出し、書き出す方法
※7 マイツーホー:ガスの消し忘れ確認・遠隔遮断(復帰)やエネルギー使用量の見える化のほか、ガス未使用の際、離れて暮らす家族に通知できるサービス。https://home.tokyo-gas.co.jp/service/watch_over/my24/index.html
※8 AgileLeap(アジャイルリープ):https://adniss.jp/products/products-detailed/agileleap.html
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